なぜイタリアなのか?


 この問いに対してはいくつかの答えが思い浮かびますが
 A.ストラディバリウス
 1715 クレモネーゼ

その第一として即座に、音色!と答えるのは私ひとりではないことでしょう。

高音は明晰でシャキシャキとして幾分子供っぽい愛嬌があり、中音域には鼻声にも似た美しい丸みが伴い、低域では逞しいとい云うより豊潤という形容がまさにふさわしいような気品が備わっているのです。
フランスの楽器があたかもシャンソンを奏でるが如く、そして鈴がなるかのような「白銀の音色」とするならば、薄絹のようなソットヴォーチェから強靭なエスプレッシーヴォまで、弾き手のボウイングにその意図を汲み取って自在に鳴るイタリアの音の輝かしさこそ「
黄金の音色」と申せましょう。

 ストラドと時代を同じくする作曲家ヴィヴァルディの作品が演奏されるときに、ヴァイオリンそのものが弾かれる喜びをあれほど表すのはなぜでしょうか?
これはヴァイオリンの性と云うべきでしょうか。
そしてやはりイタリアンの音色こそがその喜びに相応しいのです。

 もちろんヴィヴァルディばかりがヴァイオリンの音楽ではありません、しかし時代においても地域性においてもイタリアバロック音楽と密接な関係も持って作られたこの楽器の基礎がやはりここに在るということ、それはヴィヴァルディの作品が演奏されるときに水を得た魚のように鳴るヴァイオリンの本性が証明しているのではないでしょうか?

  ストラド期のクレモナ市遠景の木版画
国際リュート製作学校
 クレモナ市
この音色は裏表の板の厚さやカーヴに起因するのですが、なぜイタリアンがあの音色を持つかの原因については判明しておりません。しかし歴史も証明するように、アマティ、ガルネリ、そしてあのストラドの系譜は今もなお現代に受け継がれ、その名工たち確立したあの黄金に輝く音色は現代クラフツマンの腕のなかに途絶えておりません。


 
クレモナで修行した製作者なら誰でもこの音になるのでしようか?
必ずしもそうとは言えないようです。
あるフランスから来た学生はこの地のマエストロに就いて10年近く修行しましたが、彼の楽器の姿はイタリーでしたが、音はあの鈴のなるかのようなフレンチのトーンでした。
なぜそうなったかについては断言できませんが、彼が以前にフランスで修行した工法の名残があったかも知れません。
また母国語の脳のもたらす影響なのかも知れないと思うこともあります。


 それは「どのような音を美しいと感じるか」という問題に関わるからです。
例えば、日本人が秋の虫の声を美しいと感じられるのに対して西欧人はそれをノイズとして聞くそうです。


 
また、日本人に比べて中国人が英語を聞き分けるのにずっと早い理由は、中国語の発音の多さが上げられます。
母国語と聞く音との関係は現代において理解が進んできた分野ですが、語尾の丸いイタリア語とあのイタリアヴァイオリンの音の丸みには深い関わりを感じさせます。
オペラにおけるイタリア語のように、イタリアヴァイオリンの音色には音楽そのものとの深い関連があるかのようです。

 20年ほどまえにテキサス農工大学の生化学者J・ナギバリーはグァルネリのチェロを綿密に調査し、「ストラド期の名器に使用された材木はしばらく海水に漬かった状態で出荷を待っていた、その関係で材木に多数の微小な空気室ができている」として話題にはなったものの、これもまた多くの諸説の中に収まったまま、特に傑出した理論として取り上げられているわけでもないようです。



 
また、クレモナの工房を巡って感じたことのひとつは彼らの削りの早いこと。
板を固定している姿を見てから銀行に行き、1時間もしないで工房に戻ると
もうすっかり削り終わってやすりをかけているのです。
聞いてみると、やはり先刻台に固定した板だということです。
このスピードにより、絵筆の早さが絵画のタッチに表れると同じような加工が材木に対してなされるのではないか、とよく考えます。
スピードやカーヴその人の体重などが、微妙にその切り出す刃先にかかってくるのですから、材木にある程度の特徴ある圧力を加え続けるには違いありません。



 
ともあれ、なぜイタリアの音色が生じたかという問題の明確な答えが望めないからには、現代においても我々はイタリア人に希望を託するほかないようです。

 
然りながらストラドの世代の楽器が300年を経過して楽器としての寿命を感じさせる現代において、ベルゴンツィ、グァダニーニ、ガリアーノなどその次の世代の楽器が活躍する時代となりつつありますが、その最後のLストリオーニの世代を過ぎてから、残念なことにしばらくクレモナのヴァイオリン製作はすっかり廃れていったのです。


 そのような不毛の時代が過ぎて20世紀に入り、かのムソリーニの提唱によって国際リュート(ヴァイオリン)製作学校がストラドの町クレモナ市に開設されて、古都クレモナはヴァイオリン製作のメッカとして回復を遂げるきっかけと得ることとなりました。これはすべての弦楽器愛好家とって大きな意味を持つことです。
 なぜなら、ヴァイオリンといってもサイズやデザインは多種多様であり、削リ方やニスの製法や塗り方もヨーロッパ各国ばかりか同じイタリアにおいても一様ではないのです。

 フランスやドイツの楽器に特徴があるようにクレモナの楽器にもそれと分かる幾つかの特徴がありますが、特にクレモナ楽器の特徴は、いにしえ名工たちからの延長線上に位置しており、この学校の設立はこの伝統を絶やさずに継承させようという目的をもっていたのです。



 
この学校により、現代の名工たちが世に送り出されました。彼らによりその音色の伝統は保護されたばかりか、20世紀の巨匠とも言うべき製作者も登場して、クレモナの街は第二の黄金時代を迎えるのではなかろうか?とも思えるほどに製作者の工房が次々と開かれております。

素質の良い楽器は生まれたそのときから、その可能性を耳ある人にほのめかすが如く力強く新鮮であり、すでにイタリアのあの輝かしい音色を身に纏ってもいます。

 そのことを認めるカール・ズスケのような見識高い何人もの一流演奏家たちによりこれらの楽器も世界のコンサートホールで活躍しております。

 どうぞじっくりとそれら現代イタリアのマエストロたちの音をお試しください。


           "MARCELLO"店主 佐 藤 玄 隆


左の2軒目がストラドの旧家、4軒隔て白い日よけの次にベルゴンの工房がある